SHIINBLOG

今日だけは、僕のもの

映画とミスチル好き。夢は女子大生になること

世界が終わる夜に

わたしが神様だったらこんな世界は作らなかった
愛という名のお守りは結局からっぽだったんだ

 

多分、好きな人がいて、その人のこと深く愛してると、別れた後には、無駄にポエついたりしちゃうのが、人間だ。

 

かつて、構って欲しい時の僕は、RADの歌詞を引用して呟いてみたり、ミスチルの歌詞を題名にしてブログを書いていたりもした。

だって、昔の人間は失恋したり、恋をしたり、そんなときに歌を詠むんだから、現代人が同じように140字の中に思いを込めることに馳せるのは不思議なことではない。

短歌や俳句、古来から日本では、限られた文字数でそのときの気持ちを歌った。
多分、Twitterというツールは、日本人にピッタリなツールに違いない。

そんな僕が、昔からの趣味がある。
それは、墓荒らしだ。
墓荒らしって聞くと物騒かなと思われるかもしれないけど、この場合の墓荒らしの意味は、更新の止まったブログやSNSを読むことだ。

ちょっと気持ち悪い趣味かもしれないけれど、そこには、確かにその人がいて、その人の生き様を見ることができる、こんなことに時間を費やした結果ロクでもない人間が完成したと思ってるし、でも、これは趣味だからやめられない、毎日してるわけではないけれど、たまに更新の止まったブログを読み漁るのだ。

就職活動ブログのくせに、社会人数年目まで続いてピタッと更新が止まっていたり、大学生のころの恥ずかしい経験を赤裸々に語っていたり、売れる前のライターの売れそうな片鱗を感じられる文章を読んだりと、まぁまぁ、よろしくない趣味だと思う。

ただ、その止まってしまったブログはこの膨らみ続けるネットの中では確実に死に値すると思う、ブログの記事が2010年で最後の更新のタイトルがチャットモンチーの歌詞だったり、2016年の最後のつぶやきが、ラーメン食べたいなぁだったり、これは完全なる死なのだ。
そんな死を迎える瞬間がどんな風にだったのか、ブログやつぶやきには色んな傾向が見られる。

あぁ、これは飽きたんだなとか、ひょっとしてこの人自殺したのかな?とか、ブロガー目指してたけど諦めた奴だなとか、墓を荒らすことでその人を少し知った気になって、妄想して、なんとなくそれが楽しい。

現実の墓はまだないが、ネットのお墓なら自分にも何個かある。ある日を境に更新を終えたブログ、誰にも見えないようにと作った鍵垢、ランニングシャツと半パンのままのアバターなどなど、ひょっとするとこのブログだって、いつか墓になるかもしれないし、探せばはてなブログの墓もたくさんあるに違いない。

そして、過去に送ったメールは、墓だらけだ。消えずに残っていたメールたち、すっかりとLINEに取って代わられ、消えることなく残ったメールたちも紛れもなく死を迎えている。
そんな、メール中に、Twitterへの登録メールがあった。

そう、僕のもう1つのアカウント、死んだはずだったあのアカウント、あったことすら忘れていた、そんなアカウントに僕は久しぶりにたどり着いた。
2年前に死んでいたアカウントへ墓荒らしではなく、お墓詣りへと……

そこには、赤裸々にかつての彼女に対しての懺悔と幸せを願っていた。
あぁ、あの頃の僕はまだあの子のことが忘れられなかったし愛していたし新しくできた彼氏の存在が嫌で仕方なかったそんな死んだはずだった自分との再開。
死んだ他人とは大違いで妙に恥ずかしくて、そして、妙に悲しくなる。

僕はもう、あの頃と違うんだ。
そのアカウントを見つけるきっかけは、友人のブログを墓荒らしした結果、妙に漁りたくなって、メールを読み漁ったからだ。

まさか、友達の墓から自分の墓にたどり着くなんて、1時間前の僕は思うまい。
そして、やっぱり、この趣味は少し気持ち悪い。

なんとなく、好きだったあの子にLINEをしたくなった、文章も打った、送信もしようと思った深夜0時過ぎ、僕は彼女のTwitterを見た、僕と付き合ってるときから死ぬこともなく、生き続いてるそのTwitterの最新のつぶやきを見ると、今日から旅行にでも行くみたいだ。

LINEの文章をそっと消すことしかできなかった。
もし、彼女のTwitterが少し前に死んでいたら、今日君に、LINEを送っていたことだろう。

そんな送れなかった気持ちをどこかに書き記したくなったのだ。

世界が終わる夜の前にこのブログを。

あの頃の僕は確実に死んでしまっていた、あの頃の君はまだ生きているのだろうか、なんてことを140字のつぶやきの中だけで、少し考えてみる。
多分、死んでいるに違いない、だから、僕らは前に進めているんだ。

付き合っている時にブログを書いてることを教えてくれた、そのブログのURLを教えてくれることはなかったけど、ひょっとすると僕はどこかで出会っているのかもしれない。

あの頃の君と。もう死んでしまった君に

さよならの向う側

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「さよなら」ほど切ない言葉はない。

なんだか、本当にお終いな気がするから

「じゃあな」とか「バイバイ」とか「ほな」なんて生易しいものじゃなくて、本当にお別れな感じがする。

 

昔、転校していった親友にもさよならなんて言葉を使わなかった。

多分、俺が最後に彼に言った言葉は「またな」だったと思う。

でも、その「またな」はまだ訪れていない。

お別れすることは、どうしようもなく切なくて、友人、家族、恋人、どんな関係であれ、1度くらいはお別れすることになる。初めての恋人と家族という関係になることができる人間なんてほんの一握りだろう。

 

さよならを言っちゃうと、どうしようもなく終わりを感じてしまうから、どんなことがあってもそんな言葉を使いたくないと思ってる。

 

少しずつ大人になってしまった。

あの頃、しょっちゅうバカなこと言って、バカなことをしてた友人とも、距離が広がっていく、お別れなんかしてないし、さよならなんか言ってないのに、1ヶ月、5ヶ月、半年、1年、どんどんと会えずにもうすぐ、今年も終わりが近づく。

日本が決めた節目の2020年。オリンピックが決まった頃は、その先のことなんて見えてすらなかったけれど、近づいて、失って、もうすぐ、後2年となる2020年がうっすらと見えてきた。多分、思った以上に幸せな未来は待ってない、そんな気がする。

物心がついたあの頃、残念ながら1999年に世界は滅びなかったし、2011年にも世界が滅びると言われていたけれど、今も世界はなんとなく動いてる。

エコだ温暖化だ石油枯渇だ、いろんなことを言われていたけれど、そんなことも忘れられつつある。

さよならなんて言ってないのに、忘れられていく、あの頃の思い出だけを残しつつ、前を進むということは忘れるということなのだろうか、ほんとは昔みたいに夜中にラーメンを食べて、後何年こんなバカなできるんだろうなって言い続けたかった。

 

かつて、日本のトップアイドルが、「さよならの向う側」を歌い、ステージにマイクを置いて、芸能生活に幕を下ろした。

 

その時のことを僕はTVから流れる映像でしか知らないし、あの歌がCMで使われていても、理解なんかできっこなかった幼少期。

でも、山口百恵が忘れないと歌ったように、きっと、ファンも彼女のことを忘れることがないだろう、忘れないでさえ、いれば、さよならの向う側でつながっていれる気がするから。

 

またな、と言って別れた親友も、会わない日々が続く友人も、もうお終いだねと言って別れた恋人同士も、大好きだった親戚のおじさんも、引退したプロ野球選手も。忘れないでいれば、ふとした瞬間に再開できる。それが、夢の中であっても、いいじゃないか

 

たくさんのことを教えてくれた人たち。

今度はいつとは言えないけれど、また会えるとそう信じて。

 

何億光年 輝く星にも 寿命があると
教えてくれたのは あなたでした
季節ごとに咲く一輪の花に 無限の命
知らせてくれたのも あなたでした
last song for you last song for you
約束なしの お別れです
last song for youlast song for you
今度はいつと言えません
あなたの燃える手 あなたの口づけ
あなたのぬくもり あなたのすべてを
きっと 私 忘れません 後姿 みないで下さい

Thank you for your kindness
Thank you for your tenderness
Thank you for your smile
Thank you for your love
Thank you for your everything さよならのかわりに

眠れないほどに 思い惑う日々 熱い言葉で
支えてくれたのは あなたでした
時として一人 くじけそうになる 心に夢を
与えてくれたのも あなたでした
last song for youlast song for you
涙をかくし お別れです
last song for youlast song for you
いつものように さり気なく
あなたの呼びかけ あなたの喝采
あなたのやさしさ あなたのすべてを
きっと 私 忘れません 後姿 みないでゆきます

Thank you for your kindness
Thank you for your tenderness
Thank you for your smile
Thank you for your love
Thank you for your everything

さよならのかわりに

さよならのかわりに

さよならのかわりに

 

「さよならの向う側」 山口百恵

 

 

 

 

恋の色は何色か。

恋の色は何色か。

人によってはピンクだったり、赤だったり、紫だったりするだろう。

ピンクの人は彼氏又は彼女にぞっこんというイメージだし、赤の人はとにかく情熱的な恋の予感を感じる。紫は大人の恋のようにも思える。また、考え方次第では、浮気や不倫のような恋も紫色なのかなと思ったり。

じゃ、僕の理想の恋の色は青色かなと思ったり。

青色って素敵じゃないですか?
青春って感じがするし、夏ぽいし、メソメソしてないし、爽やかだし、なにより素直な色だと思うわけですよ。

例えば

「サイダー」は青色の恋の鉄板ワードだと思うわけですよ。
Base Ball Bear」も青色の恋の鉄板だと思うわけですよ。これがRADWIMPSだと青色ではないんですよね。でも、サイハテアイニはとっても青色な歌な感じはしますよね、でも、バンドの色は青色ではない感じします。
しかし、RADWIMPSのファンの女の子は迷わず青色と答えてました(笑)
堀北真希」も青色な感じがします。これは、3月9日のPVのときだったり、イケパラの堀北真希だったり、その辺の堀北真希です。最近の女優なら土屋太鳳かなと思いつつ、広瀬すずかなとも思います。

青春は青色だって浅いキャッチコピーは誰でも考えそうですか、青春の恋=青色ってイメージは僕だけではないはず、だって、青春って漢字は青い春って書くし、そりゃ青かなと思うのは当たり前

ちなみに、青春の由来は夢や希望に満ち溢れた若い人たちのことを人生の春にたとえての青春だったり、「青二才」「青臭い」など、「青」には「未熟」というイメージがあるからだとか

たしかに、果物は青色だと熟してないし、お尻のあざは青色だったりするし、青には幼さが隠れていることが生きていればわかる気がする。大きくなれば、青タンも減るしね

じゃ、青色の恋は未熟ということ?
僕の理想の恋は未熟な恋なのか!?
なんてこったい、2人で溶けそうなアスファルトの上をサイダー飲みながら歩いたり。
好きでもなかったけど、君が聞けと言ったから聞き出したBase Ball Bearにはまったり。
そんな堀北真希似の彼女はとても、キレイな艶したショートカットから垣間見るうなじに流れる汗に少しエロスを感じてみたり、そんな僕の恋が未熟だというのでしょうか?

と考えると、人が青色の恋をできるのは、恋愛が未熟な間で、そのうち色を変えて、いつの間にか、あの恋に思い馳せつつ、もうあの頃には戻れないなんてことを考えてしまうのかしら?

そうか、そうか、みんなの思い出の恋は青色なんだ、だって、初めての恋はみんな未熟だから、だから、きっとあの頃みたいな恋に憧れてしまう。

 

言われてみれば、僕の最初の恋は青色のだとはっきりと言えるけど、それ以降が何色かっていうと、灰色だったりする。いやというより、最初の恋はいずれは、青色じゃなくなるのだ、どんどん色が加わっていく、たくさんのピンクが混ざる時もあれば、どんどん黒まみれになっていく。
そして、いつのまにか、ホリゾンブルーとかビリヤードグリーンとかバーントアンバーとか聞いたことない色になっちゃうのかな…それはある意味、成長になったりといい風にも考えられる。

もう僕は青色の恋はできないのか、諦めるしかないの?

「サイダー買った!」

「おっ、サンクス」
「おごりだ!」
「マジで?」
「こないだ、かわいいキーホルダーくれたし」
「ガチャガチャだよあんなの」
「いいの、いいの」
「そういえばさ、貸したアルバム聞いた?」
「聞いた聞いた!それで知ったんだけど、Base Ball Bearのこの歌聞いてみてよ」
「ん?なにこれ聞いたことない」
ピロウズの歌カバーしてるんだよ」
ピロウズ??」
「今度アルバム貸すから!絶対気にいると思う。」
「うん…だってこれ私たちの歌みたいだしね」
「えーそうか?」

夏の風は彼女の髪をふわりと浮かせた。そんな瞬間に見えた彼女のうなじに流れた一筋の汗はなんとなく今も僕の記憶のどこかに残ってる。

皆さんの恋の色は何色ですか?

おっぱいがあぁぁだぃぃすきぃい

 

なんか、ブログらしいことしか書いてないからふざけたことも書いてみる。というか本来俺はそんなことばっか書いてる人間。

 

タイトルからして、ふざけてるでしょ?

まるで芸大生が、個性出すために髪の毛緑にする感じと同じぐらい醸し出してるでしょ、ふざけてる雰囲気が

 

すべってるとか言わないで。

 

巨乳の人って、まぁ、私巨乳ですよーって人もいれば、そんなことないですよーみたいな顔してる子いるじゃないですか

 

どちらにせよ、2人とも、ニット着てますよね

 

いや、ニットおっぱいってほんとエロい。

いや俺が好きなのは、夏のTシャツおっぱいなんだけど、やっぱニットおっぱいはほんとにエロい。

 

この暑い時期になると、巨乳の女友達も流石にTシャツとかなのかなーと思ったら、驚きびっくり半袖ニット

 

俺の中のニットのイメージ、冬の服っていう、そういうニット神話が崩壊して、夏もあんなエロエロな服あるのかよ!と、もう興奮しまくりでした。

 

セーターおっぱいはなんともだけど、ニットおっぱいって素敵。

 

でも、おっぱいって人それぞれで、見た目は巨乳でも、触ってみたら、違う 違う そうじゃ そうじゃないっておっぱいありますよね。

そのくせ貧乳おっぱいなのに吸い込まれそうに柔らかくて、それを気にしながりながら、目を細めって唇ぎゅっとしてる貧乳女子はこれまた最高で…!

 

いかん!いかん!

 

脂肪の量ではなくて、質

それこそがいいおっぱい

 

こうやっておっぱいのこと書いてると、彼女が欲しくなる。いやそれとも、おっぱいが欲しいのか、男ってのは生まれたときから死ぬときまでおっぱいを愛し続ける。

 

揉めないおっぱいは贅肉。

 

 

アニメ 打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?レビュー

 

観てきました。

とても残念な作品に仕上がっております。

もうね、ドラマが良すぎたという点もあります。

 

もしも、1週間前に、ドラマを見なければ

 

自分がもしも玉を使えたら、その願いを叶えますね。

 

自分は作品とか批判することはあまりないのですが、というか微妙なら触れない人間なのですが、さすがに少し愚痴ります。 

ということで、ネタバレもありなので、眠たい目をこすりながら書いていきます。

 

まず、ダメな点

 

キャスト陣に関して

 

これは、本当、運が悪かった。菅田将暉若手俳優なら間違いなくNo.1クラスの実力はあると思うし、「銀魂」の新八なんて、素晴らしかった。「何者」でも、こいつみたいな大学生いるわーって思うぐらい、役作りができていて、個人的に努力型役者として、素晴らしい力を持っていると思う。

ただ、声優初挑戦だし、そんななんでも、上手くいくわけがない、もう、そこは大目に見るべき。

広瀬すずに関しては、この映画で唯一の救いというか、奥菜恵が演じるなずなは100点満点で、そんな彼女に、ほんの少しでもかじりついただけ、良かったと思う。特にビッチの血が流れてるの辺りのセリフは、奥菜恵版なずなでは、感じることのない、新たなエロなずなを感じることができた。←これは悪い点でもある。

 

で、実はこのキャストにおいての1番の問題点は、メインキャラクターや脇に有名声優を起用したこと、宮野真守梶裕貴櫻井孝宏、ここまで、有名な人をチョイスしちゃうと、菅田将暉ファン、広瀬すずファン、そして、声優ファンすら釣ってしまおうという考えが丸見えである。

結果として、声優ファンからも怒りを買うし、豪華声優陣との差によって生まれた、主演2人の拙さが、(特に菅田将暉)ファンを傷つけることになる。

もちろん、菅田将暉がもっと頑張ればいいという考えもあるかもしれないけど、初挑戦声優が主演でしかも周りは豪華声優陣は相手役、宮野真守なんてものは、ちょっと同情する。

 

脚本に関して

 

脚本に関しては、改変点が多々ある。元の原作が1時間も満たない作品を1時間半の作品にするためにはオリジナル展開もやむなしというところだが、いかんせ、もう原作の良さなんてもんは、ほとんど残ってない。

 

脚本家の大根仁は、原作に関しては、愛を持ってると思う。なんせ自分のドラマ「モテキ」内で、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」の聖地巡礼話を描くぐらいだ。これは、本来の原作にはないエピソードだし(旅行に行くエピソードはあるが、目的が違う)なずなの真似をする、満島ひかりのクオリティの高さは1週間前の原作を見て、再現度の高さに感動した。(今思えば、広瀬すずではなく、満島ひかりに演じてもらった方が良かったに違いない)

 

原作を再現するのは、無理だから、越えようと思ったのか?

とりあえず、微妙だと思う改変点。

・設定が小学生から中学生に、結果として、打ち上げ花火を横から見ると、平べったいのか?丸いのか?という疑問を持つことが少し恥ずかしい。

・なずなの小学生だからこその、エロさと切なさがなくなる。そして、水泳部にすることで、プールのシーン、スク水登場、これもダメ、パンツってのは見えないからエロいのに見えたらダメなのと同じ。

・原作では、2人のかけおちと残された少年たちが花火を見に行くくだりが同時進行で描かれても交わることがない。そのため、少年たちのスタンドバイミーチックな感じがあったのに、交わることで、失われる。というか、目的なんか途中から変わってる。

・なずなと典道の、クライマックスシーン、が大幅に変更。←原作ドラマ見てない人のために伏せます。

・そのため、クライマックスに流れる。あの歌も、ちっとも響いてこない。

 

などなど、他にもあるだろうけど、もはや、記憶から殆ど抜け落ちてるため、これぐらいにしときましょう。

なずなが歌うのも正直いらないけど、大人の事情です。

 

演出に関して

個人的にシャフトの演出が嫌いというわけではないです。まどマギとか物凄く興奮したし、大好きなアニメの1つです。

ただ、この作品に関しては相性が悪かったと思います。製作陣の原作を越えようとする姿勢はなんとなく伝わりました。再現するのではない、感じが、しかしまぁ、それなら、もっとオリジナリティを出すべきです。

時をかける少女」のアニメ版がいい例だと思います。タイトルだけ貰って内容はガッツリオリジナルなら、まだ可能性はあったのかなと思います。

後、1回しか見てないので、なんともですが、この作品に携帯電話は登場していないと思います。そのくせ、ワンピースの新刊を求めたり、何かとちぐはぐなのです。この携帯電話を出さないことにしたのなら、もっと昭和感にこだわるべきだと思います。

むしろ、原作当時には、子どもたちが持つことない携帯電話を上手く使って作品を構成するってのもアリな気も、とにかく何もかもちぐはぐです。

今、このアニメを見るターゲット層は完全にLINE世代、ネット世代です。打ち上げ花火が横から見たら、平べったいか丸いかなんてことは、ヤフー知恵袋で知ることができます。

結果として、時代設定にも付いていくことができませんでした。

原作ドラマでは、ワンピースではなく、スラムダンク、というかワンピースも多分まだ世に出てない。他にもセーラームーンなり、観月ありさなり、Jリーグだったり時代を感じることもできるし、当時なら最新の話題でもありました。←だからこそ、携帯を出すべき

 

などなど、感じる部分です。

 

そして、1番突っ込みたいのは

 

宣伝について

 

これでもかという、「君の名は。」臭を漂わせる予告、プロデューサーも川村元気、「君の名は。」感は凄い

 

でも、観客も見終わった後に「君の名は。ぽいの期待したけど失敗だったー」なんて、金髪のギャルが言ってました。

そう、いくらなんでも、観客を馬鹿にしすぎです。金髪のギャルでも騙されません。

 

映画として、評価云々よりも、興行収入かもしれませんが、こんなことしてると、せっかく去年、質も広告も良かった「君の名は。」でつかんだファンが離れていきます。

君の名は。」は個人的にとっても好きな作品でしたし、大衆向けでもありました。でも、だいたい映画をかじってる人は「君の名は。」よりも、「この世界の片隅に」を評価しています。これが普通です。それでも、「君の名は。」日本中を恋に落とす、確かな説得力もあったことが事実です。

 

本来、恋愛モノでは無い、原作ドラマを、無理やり、改変して、恋愛モノに仕立て上げた、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」は残念ながら、青春の夏を感じることが僕にはできませんでした。

 

原作ドラマのクライマックス、少しネタバレですので読みたく無い人はここまで。

 

 

 

 

 

 

なずなが典道に対して、「花火って、横から見たら、平べったいのかな?丸いのかな?」という問いかけを投げかけられます。

そして、「今度、会えるのは2学期だね、楽しみだね」と言い残して、典道の前から去るのです。

 

典道は物語のラストに花火が丸いのか、平べったいのかの答えを知ることになります。

 

答えは「丸いのです。」

 

 

原作では描かれていませんが、きっと、典道はこれを伝えるために、夏休みの終わった、学校に意気揚々と足を運ぶでしょう。

 

「なずな!あの答えはさ!」

 

2学期、教室からなずなはいなくなっています。

そう、典道は答えを知っても、教えることができない。その切なさと共に、これが恋だったんだと知ることになる。

 

「次会えるのいつかな?」ではない

 

多分、ずっと会うことはないです。あの2人はもう。

 

だからこそ

 

「今度、会えるの2学期だね、楽しみだね」

 

という言葉をなずなは残すのです。

 

「打ち上げ花火、横から見るか?下から見るか?」という作品はそういうお話です。

 

せっかくの休日、映画を見に行くなら、別の作品をお勧めします。

なんなら、TSUTAYAで原作ドラマを借りて家でゆっくり見る夏の終わりを感じるのも良いかもしれません。

 

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koukougege.hatenablog.com

 

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?〜エロさと切なさ〜

「花火ってさ横から見たら、平べったいと思う?丸いと思う?」

なんて、疑問を持ったこと、あるだろうか?
僕はある。多分、小学校の頃に

きっと、誰もが一度ぐらいは、そんな疑問を持ったことがあるだろう。

他にも、星が光ってる理由や、雷の音と光のズレや、さよならの意味や、成長と共にいろんな疑問と答えを僕らは知ることになる。

もし、今の僕が、この疑問を持ったとき
親指1つで、この問題の解答を得ることができる。

今から、24年前
小学生たちは、こんな疑問を持ったのだ。
「花火ってさ横から見たら、平べったいと思う?丸いと思う?」

少年たちは冒険に出る。
親指検索では、わかることのない、切なさと笑顔の意味を知る。

ドラマ「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?

日本の歴史上、最高のナイトプールシーンだろうし、むしろインスタでバカみたいに写真をあげてるおっぱいエロエロ女子たちに、これが本当のエロさなのだと教えたい。

そう、エロと切ないは同義語なのだ。
この作品、奥菜恵が演じる、ヒロイン、なずなから漂う、エロさと切なさ
これは小学生という、精神年齢の低い男子と精神的にも身体的にも、少し早く大人になる女子という、相関図があってこそなりたつ。

女の子はいつだって、男の一歩前を歩いている。だからこそ、女性は男性にリードされたいと思う生き物なのだ。

ただ、小学生の頃にそんな、ジェントルマン男子なんてものは、いるかもしれないけど、基本的にいないもので、むしろ、バカでアホなのが小学生男子のいいところなのだ。

だからこそ、花火を横から見ると、どんな形なのか?という答えを得ようとする。

そのとき、好きな女の子の笑顔の答えよりも、もっとつまらなく、大切な答えを知りたがる。

もう、僕には訪れることのない、あの夏。
どうして、好きだったあの子と花火をしなかったのか?見に行くこともなかったのか?
2回目なんてない夏を僕は待ってたり、待ってなかったり。

ということで、やっとこさ、見れた。
岩井俊二、最高傑作というか、僕は岩井俊二を通ってこなかった人間が初めて触れたのが、この作品。
モテキというドラマで丸々一話使って、このドラマの聖地巡礼の話があったぐらい、多くの作り手にも影響を与えてるであろう、この作品。

作品の舞台設定から、決して上手くない奥菜恵のお芝居は透明感抜群で、冒険のできなくなった僕にはあまりにも眩しすぎた。
「Forever Friends」が流れ出した瞬間からラストまで、鳥肌が止まらない

本当に素晴らしい作品

もう何年も前からこの作品の存在を知りながら見てなかった自分が本当に勿体無いなぁと

今度、アニメ映画として公開されるこの作品が、ドラマ版を超えることはできないだろう。

小学生という設定だからこそ、なずなから漂う切なさとエロさを感じることができるのだから。

しかし、脚本、大根仁さんの本作への愛は本物であろうし、アニメはアニメで違った答えを知ることができるだろう。

そう信じて、映画館へと冒険してみたい。

夏はのんびり水割りで

最近、こっちのブログはすっかり停滞気味で、ほぼ、一ヶ月ぶりの更新。

 

この一ヶ月、少し忙しかったからと言い訳。本当に時間が経つのは早くて早くて、この一ヶ月で誰かが、プロポーズしたり、恋人が別れたり、家族に見守られながら、誰かが死んだり、どこかで誰かの人生は僕とは同じ時間で異なるペースで進んでいることだろう。

暑い夏に、ぴったりなお酒

 

鍛高譚

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という紫蘇焼酎に最近ハマりまして、個人的には、芋が一番好きだけど、なにせ、癖の強いお酒ですから、気分的に優れないときは飲まないけど、この紫蘇焼酎はさっぱりとした味と、紫蘇の匂い、この暑い夏にピッタリなお酒だと、勝手に思っています。

ちなみに、このブログも、鍛高譚の水割りを飲みながら、書いてます。

ぜひとも、このお酒を飲みながら、お盆休みの夕暮れ時を楽しんでみるのも良いんじゃないでしょうか。

何か、色々書きたいこともあったけれど、その気持ちを表せるほど、今自分の脳味噌は回らないみたいで、撮りためた、ドキュメント番組を見ながら、紫蘇の匂いに包まれています。