独り言のようなブログだよ

Mr.Childrenをこよなく愛する人。ニートのくせに奨学金満額、1人暮らしの多重債務者。そのくせ、いつでも微笑みを ソラニン好きです。芽衣子さんになってくれる人募集中です。趣味は映画鑑賞と親指の運動。

コミュニケーションの3次元化


SNS全盛期社会。
Twitterfacebook、ボタン1つでお気に入り、いいね。そんな社会なのさ

初めて、歌を聞いた。そう思ったのは、多分、BUMPのStage of the groundだと思う。

幼馴染が、「おっ、BUMPのアルバムや!」と姉のMDから見つけ出して、流したあの日
初めて、歌を聞いた。

そのとき、俺の心に生まれたのは、お気に入りやいいねじゃなく、心に直接訴えかけてくるものだった。

「飛ぼうとしたって 羽根なんか 無いって
知ってしまった 夏の日」

あの声とあの歌詞を聴いた瞬間は忘れないし、消費されない何かであったことは間違いない。

俺は、今もそんな瞬間を求めてるし、SNSでは、伝わらない何かを伝えてみたいと思っている。

けれど、俺が、何かを伝えるとき、非常に便利なのも、Twitterfacebookであることも間違いない。

そして、色んな媒体に触れて、そこで表現して、1人でもいいから自分を知ってほしいと思っている。

アイドルがアイドルじゃなくなったAKBの登場。「会いに行けるアイドル」というキャッチコピーを聞いたときは、「ほへー」と思っていたが、10年経った今、YouTuberやニコニコ動画の歌い手ブームなど、多くの手軽に触れ、そして、自らが名乗ることができるコンテンツとして、一世を風靡している。

そんな日々がこれから先も続くのか。
AKBの人気は一時期ほどでもないが、相変わらず人気を集めているし、その点、俺の大好きなMr.Childrenの連続1位記録はCD商法によって途絶えた。

良いものよりも、触れれるものが評価される時代。
SNSというコミニケーションツールは2次元的に見えて、とても3次元的なのだ。
好きだった芸能人に一生懸命書いた手紙、読んでもらったのかな、返事はこないかな、そんなドキドキや悩みなんてものは時代遅れなのだ。ただ、一言、指先で「頑張れ!」「大好き!」「応援してる」そんなメッセージはあっさりと相手に届いてしまう。だからこそ、消費されていくのだ。

作り手の気持ちも、受け手の気持ちも消費されていく一方で、希薄になっていく。もし、俺が明日から、自称、小説家と名乗ることは簡単で、原稿用紙、何百枚と書かれた熱い気持ちがなくても、どこかに、指先1つで書いた浅い物語をUPすれば、それは自称、小説家なのだ。

この社会が間違っているというわけでもないし、この社会の波に乗ることが、今を生きるうえで、最も合理的かつ有意義な生き方であろう。

そんな中で、俺の言葉はどうなるのだろうか、尖ってもなければ、柔らかくもない、革新的でもなければ、伝統的でもない。太宰にもなれないし、石田衣良にもなれないのだ。
それでも、見た人の心が少しだけフワッとして、2日も経てば、忘れてしまうことだけど、何かの拍子にコソッと思い出だす。そんな、ただ、消費されるだけではないモノを書ければいいかな、そう思ってる。そして、そうでなければ、言葉で俺の腹を満たすことは難しいに違いない。

歌や絵は物語、コレは芸術だ。でも、言葉はそれ以前の産物なのだ、だからこそ、誰でも生み出せる。そして、誰もが触れられる。そんな時代だからこそ……