独り言のようなブログだよ

Mr.Childrenをこよなく愛する人。ニートのくせに奨学金満額、1人暮らしの多重債務者。そのくせ、いつでも微笑みを ソラニン好きです。芽衣子さんになってくれる人募集中です。趣味は映画鑑賞と親指の運動。

ニートになった俺がわかった1つだけのこと

ニートになった俺がわかった1つだけのこと

それは隣にいてくれる存在だ。

 

話は脱線して、俺は映画からたくさんのことを教わった。

いろんな映画を見て、笑って、泣いて、そして、明日もほんの少しだけ、いい人間になれたらいいなってそう思う。

 

とある深夜番組のCMで流れてた映画の予告。

「ボブという名の猫 幸せのハイタッチ」

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予告だけで泣いてしまった。

今の自分と少し重ねてしまったからなのか、なんともいえない不安の中で俺は生きていて、こんなことをブログに書いてもなにも変わることはなくて、でもなぜか、吐き出したくなった。

今いる俺の居場所はなんだろうか、明日からの不安もたくさんあって、高校生のときから、ずっと忙しく生きていたのに、ニートになって、なにもなくなって、自由すら手に入れたのに、今の俺は決して自由だとは思えないのだ。

 

この映画の主人公はどん底の淵から這い上がっていった。そんな素敵な話だろう。俺もそうなれるのかな、ここ最近ずっと悩んでたりして、明日からのことばかり、考えて今日という1日全てを台無ししてしまう。過去を振り返っては憧れて、未来を掴みとろうともがいて、でも今は、今日は、この瞬間は?俺はずっとベッドの上で寝転がってる。革命を起こす気もなくて、このままじゃいけないとわかってはいるのに

 

未来のことばかり、考えてる

それは、未来があるから

だから、今、今日という、この瞬間を必死になって生きてみるしかない。明日はわからない

 

昨日、山を始めて登った。

今も筋肉痛で辛かったけど、登り切った瞬間の達成感、そして、降りた瞬間の喜びはまだ、身体も心も覚えてるんだ。

 

山を登る理由はそこに山があるからじゃなくて、人生があるからだ

 

つらいつらい、くるしいと、必死に登ってみる。やった、夢が叶った。そしたら、ふと降りて振り返ってみる。俺ってこんなたいへんな道を登ってきたんだと。

 

今の自分は、まだ登ってる最中だけど、それはエレベストで、少し前は、富士山を登り切ったのだ、そのときのこと振り返ってみたらどうだ、つらいつらい、くるしい道だった、でも、登り切ったじゃないか、それなら、今登ってる山だって登りきれるだろう、すごく高い山で、いつになったら、頂上に着くかはわからないけど、登ることは、必死になればいける。とにかく登れ

 

なんてこと、思ってる。

もうどうなるかわからない。

ニートになってからわかった1つだけのことは隣にいる存在の大切さだ。

 

ソラニン芽衣子さんにとって、種田の存在はとても大きかったのだ。種田がいたから、不安や悲しみをそれなりに受け止めて、笑って行くことができた。種田を失った芽衣子さんが、歌を歌ったのは、そんな存在がいなくなって、自ら戦うことを決めたからじゃないのかな。

 

俺にだって、たくさんの大切な存在が隣にいる。

山登りに誘ってくれるツレ、バカなこと言って、家に泊まりにくるツレ、楽しいとき、いつも隣で笑ってくれるツレ

 

芽衣子さんみたいに、失ってしまうこともないのだ、何故なら、あの作品の主人公は種田で、彼が死ぬまで種田の作品であり、芽衣子は主人公を継承するという形で歌を歌った。主人公になることを選んだのだ

 

この世界の主人公は全員だから、俺も主人公。だから戦うしかない、素晴らしいツレも隣にいるじゃないか

 

たぶん、さっき紹介した映画の主人公にとってのツレはあの猫だったのだ。孤独ほど辛いことはない、自分はとっても恵まれている。

明日は面接だ。受かるのかな、でも、受かっても、それが未来につながるのかはわからないし、安定する未来でもない。いくらでも甘えてみたくなる。

でも、選んだんだろ、明日を