SHIINBLOG

今日だけは、僕のもの

映画とミスチル好きの22歳。教員免許はただの紙切れ元舞台役者、脚本、演出をやってました。趣味は映画鑑賞と親指の運動。ゆるい文章書いていきたい

だから、夢を見よう。

 

ねむりたいときはねむればいい

なんてこと、ねむれる奴の特権なのだ。

 

ねむりたくても、ねむれない人もいる。

 

溜まりに溜まった課題、愛する人との妄想、朝起きることの不安。

一時期、ねむることが嫌だった。ねむるということは、明日を迎えるということだ

明日が来なければいいと、そんなふうに思う日もあった。

たとえば、中学生のときの、持久走の前夜なんてものは、誰も明日を望まないのだ。

そのくせ、明日を望んでも、ねむれない日だってある。

修学旅行の前の日、ドキドキしてねむれなかったりする。

 

ねむりたいときはねむればいい

なんてこと、ねむれる奴の特権なのだ。

 

犬はいつもねむっている

そのくせ、悪い奴が来たら、すぐ吠える

いい奴が来ても吠えるときがある。

犬はほんとうにねむっているのか、心配になる。

 

始業式の日は、ねむりたいけど、ねむれないし、明日も望んでないし、これは本当の数え役満だ。

 

そういえば、昔、始業式を遅刻したことがある。夏休みの宿題が終わらなかったからだ。

あの日だって、ねむりたいけど、ねむれない、そんな日だった。

 

そして、今日の俺も、ねむりたいけど、ねむれないのだ。

借りていたDVDを消化しなければならない。

いつだって、人は、睡眠時間をおろそかにする。

結果的に、未来と少し不調気味に向き合わなければならなくなる。

 

こんなふうに、こんな時間に、見る気もない映画を垂れ流しながら、ブログを書くことだって、きっと愚かなんだ。

 

でも、人はどうしても、この呪縛からは逃れることができない

 

だから、夢を見よう。

それぐらい、許してくれてもいいだろ?