SHIINBLOG

今日だけは、僕のもの

映画とミスチル好き。夢は女子大生になること

遊郭、飛田新地で女は働く。

生きていく中で、忘れられない出来事が幾度かあるはずだ。小学生のとき、TVから延々と流れる、ビルに飛行機が突っ込んだ瞬間を僕はまだ覚えている。

初めて、彼女のスカートをたくし上げた日のことも、平和なふりをしていた我が家が崩壊したあの日、父と幼稚園年長の僕だけになった部屋で、あの人が涙を流したことも忘れずに覚えている。

 

そんな、僕の忘れられない瞬間、大阪、西成区にある、ディープスポット、飛田新地に初めて訪れた日のことも、忘れられない。

「エレクトリックパレードだから」隣のツレは、飛田新地のことをそう評した。イマイチ理解できずにいた僕は、新今宮駅を降りてすぐ、あの、どうしようもない雰囲気と、いつ倒れてもおかしくないさびれた、通天閣がなつかしく思える、自転車に乗っているおじさんはどことなくみんな必死にやつれて生きている。

「感動したら謝れよ」ツレはどんどんハードルを上げていく、そんなにいいものか、信じることができなかった。

 

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エレクトリックパレードやんかぁぁぁっぁぁぁぁっ

 

その光景は今も忘れることできない。光り輝くネオン、欲望に満ちた男たち、狭い道もお構いなしに走る車、客寄せばばぁ、もう、オーロラを初めて見たときと、同じ、すべてが、非日常、そして、そして、おっぱいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい

 

生きててよかった。人生の生いや性を感じる。そう僕は今、地球の上でたっている。

小さきものは皆愛しい、誰かがそんなことを言った。僕の手の中に収まり、柔らかさと湿っぽさを感じる。そう、僕は小さいおっぱいが好きだ。しかし、この、エレクトリックパレードにおいては、おっぱいはみんな、でかい、でかい

そう、おっぱいはやっぱり大きい方がいいのだ。心も糞もでかいほうがいい、そう。おっぱいも。

そんな、大きなおっぱいと、可愛らしい顔と、コスプレを身にまとった。彼女たち、そんな彼女たちが僕の顔を見て、笑っているじゃないですか、女の子に微笑んでもらったことなんていつ以来だろう。なんてことを思いつつ、僕の意識は少しずつ、性から生へと変換された。

大量の料亭とそこにいる女の子たち、僕はおっぱいよりも、彼女たちの1人1人に人生があることを感じる。なぜ、彼女たちはあの場所で働くのか、実はシングルマザーなのかもしれない、派遣の事務職の給料では満足できないのかもしれない、お金を稼いで留学費に当てたいのかもしれない。僕の妄想は膨らむばかりだ。

夜の仕事に偏見を持つ人が、世の中に少なからずいる。僕の母親は、ホステスの仕事をしていたし、人は皆生きていくには、なにかを犠牲にしても守る必要がある。あの人にとって、それは僕だったんだろう。

きっと、彼女たちにも大なり小なり、働かざる理由がある。僕が、人生で初めて告白した女の子は今、あの場所で働いているかもしれない、人生はそれぐらい何が起きるかわからないものだ。

セックスするだけ、ゴムをつけて、口に咥えて、股を開いて、たった15分、1万1千の関係。文字にすれば簡単に思える行為。僕は女性ではないし、気持ちなんてものはわからない。僕が女性なら、簡単に身体を売るのかもしれない、それは男の意見だろう。

男は精神的にも身体的にも女性の大切な部分の痛みはわからない。

わかることは、彼女たちにも人生があって、僕たちは、一時の幸せを買いに行く。需要と供給という言葉で片付けてしまうには、違う気がする。

 

こないだ、久しぶりに飛田新地に向かう最中に乗ったタクシーで運転手のおじさんは大の風俗好きだった。昨日も外国人を飛田まで運んだらしい。

「かわいそうだけど、外国人は言葉が通じないから、入れないと思う、値段とかねわかんないだろ」確かにややこしいもんなと納得した。と思ったら、飛田のばばぁたちは、巧みにボードを使い、外国人のお客さんも引き込んでいた。

どうやら、最近の風俗はグローバル化が進んでいるみたいだ。発展していくシステムの中、男と女の性事情は文明の誕生以降たいして進歩はしていない。僕ら明日も身体を求め続ける。明後日も。